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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)8098号 判決 1989年9月29日

主文

一  被告は、原告から金九〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、原告に対し別紙物件目録記載の各土地を引き渡し、かつ右土地について昭和六三年四月一六日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  被告は原告に対し、金二七〇万円及びこれに対する昭和六三年六月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員、並びに昭和六三年四月一七日から前項の各土地の引渡と所有権移転登記手続完了まで一日当たり金二九五八円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  被告は原告に対し、金三一〇万円及びこれに対する昭和六三年六月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員、並びに昭和六三年四月一六日から前項の各土地の引渡と所有権移転登記手続完了まで一日当たり金四四三八円の割合による金員を支払え。

3  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、不動産の売買、仲介等を業とする会社である。

2  被告は、昭和五七年一二月七日、原告を仲介人として、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を、もとの所有者訴外上田吉秀から代金五五〇万円で買い受け、所有権移転登記を経由した。

本件土地は、当時、道路等を整備すれば家を建てることは可能であるが、まだ上下水道もない草地の状態であったため、右売買契約には、(一)道路舗装については、金一五万円を元地主の上田に支払うことによって上田が責任をもって舗装する、右金員は、工事終了後上田に支払うものとする、(二)電気水道の工事代金は、買主である被告が負担する、との特約が付されていた。

3  その後、本件土地は、建物建築に必要な開発がなされないまま放置されていたところ、昭和六一年一〇月ないし一二月ころ、被告から原告に対し転売斡旋の依頼があり、原告において本件土地の開発に必要な工事内容、経費等を調査の上、昭和六三年一月二五日ころ被告に対し、原告が購入して必要な開発をした上販売するとすれば、被告との売買代金は一〇〇〇万円が限度である旨を伝えるとともに、売渡承諾書の用紙を交付した。そして、同年二月九日、被告に売却の意向を確認したところ被告から応諾の回答があり、同日右売渡承諾書に被告が署名したものが原告あてファックス送信され、これにより、被告と原告間で本件土地を代金一〇〇〇万円で売買する旨の合意が事実上成立した。その上で、同年三月八日、原被告間で、代金を一〇〇〇万円、履行期を同年四月一六日として原告が買い受ける旨の売買契約を締結し(以下「本件売買契約」という。)、同日原告は被告に対し手付金一〇〇万円を支払った。

4  原告は被告に対し、右売買残代金の支払を口頭で提供して被告の履行を求めたが、被告は、売買代金額が低いとして売却の意を翻し、右履行期を経過した。

5  被告の債務不履行により、原告は次のとおりの損害を被った。

(一) 転売先に対する違約金

原告は昭和六三年三月八日、訴外米田隆雄との間で、本件土地を代金二七〇〇万円、履行期同年四月一五日として売却する転売契約を結んでいたところ、被告の債務不履行のため訴外米田に対する債務を履行できず、同年六月一四日右契約を解除され、違約金五四〇万円を支払った。内金二七〇万円は、米田から支払を受けていた手付金を充当できたので、原告の損害は金二七〇万円である。

(二) 無駄になった支出

転売契約に至るまでの広告費 金三〇万円

右同現地案内費、接待費等 金一〇万円

(三) 逸失利益

原告が被告から本件土地の引渡と所有権移転登記手続を受けていれば、原告は米田から代金二七〇〇万円を受領し、その履行期の翌日である昭和六三年四月一六日以降商人として右金員を運用できたことは明らかである。したがって、被告の債務不履行により、原告は、右金員に対する商事法定利率年六分の割合による一日当たり金四四三八円の得べかりし利益を失った。

よって、原告は被告に対し、本件土地売買契約に基づき、原告から残代金九〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、本件土地を引き渡し、かつ昭和六三年四月一六日売買を原因とする所有権移転登記手続をすることを求めるとともに、被告の履行遅滞に基づく損害賠償として、金三一〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年六月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、並びに昭和六三年四月一六日以降本件土地の引渡と所有権移転登記手続完了まで、一日当たり金四四三八円の割合による損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2のうち、昭和五七年一二月七日、被告が原告を仲介人として、訴外上田吉秀から本件土地を原告主張の約定により買い受け、所有権移転登記を経由したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  請求原因3のうち、被告が昭和六三年二月九日に原告あて本件土地の売却承諾書をファックス送信したこと、同年三月八日に原告と本件売買契約を締結し、同日原告から手付金一〇〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  請求原因4は争う。

5  請求原因5は争う。

三  抗弁

被告は原告に対し、昭和六三年三月三一日、本件売買契約の手付金の倍額に当たる金二〇〇万円を提供して、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

五  再抗弁

仮に、被告が手付倍額の返還の提供をしたとしても、原告は被告の解除の意思表示より前に、既に本件売買契約の履行に着手していたから、被告の解除の意思表示は無効である。

すなわち、

1  本件売買契約は、本件土地が道路舗装、上下水道の敷設等の開発を必要とすることから、これらの開発について官庁等との折衝力のある原告が購入し、開発した上で転売することが当然の前提となっていた。

2  そこで、原告は、被告の売却意思を確認した昭和六三年二月九日以降、本件土地に関して、現地の測量、整地、上下水道管の敷設、そのための私道掘削の許可、道路の舗装、建物の建築確認に至るまでの諸手続について各業者に依頼して官庁折衝にも着手していた。

3  また、関係業者に本件土地の販売物件情報を流して転売先の確保に努め、被告との売買契約と同じ昭和六三年三月八日、訴外有限会社シティプラザの仲介により、訴外米田隆雄と代金二七〇〇万円で本件土地の転売契約を締結していたものである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1、2の事実は否認する。

2  再抗弁3の事実は、不知。

被告は、本件土地を別荘地として使うつもりで購入していたところ、原告から、建築するについて問題があり、原告において他のよい物件を斡旋するから売却しないかともちかけられ、本件売買契約に至ったが、地価上昇のため本件売買代金では到底代替物件は購入できないことが判明したので、解除せざるを得なかったものである。原告の開発準備や転売のことは、その事実があったとしても、被告との本件売買契約の履行とは関係がない。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因2のうち、昭和五七年一二月七日に、被告が原告を仲介人として、訴外上田吉秀から、本件土地を代金五五〇万円、履行期同年同月一三日、その他請求原因2記載の特約により買い受け、所有権移転登記を経由したことは、いずれも当事者間に争いがない。

3  請求原因3のうち、被告が昭和六三年二月九日原告あて本件土地の売却承諾書をファックス送信したこと、同年三月八日に原告と本件売買契約を締結し、同日原告が手付金一〇〇万円を被告に支払ったことは、いずれも当事者間に争いがない。そして、右事実と<証拠>によれば、本件売買契約成立の経過について、請求原因3のとおりの事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

4  請求原因4については、<証拠>によれば、原告は、後記抗弁において認定のとおり被告の昭和六三年三月三一日の解除の申入れを断り、同年四月七日及び四月一三日到達の書面で被告に対し、代金等の決済の日と場所を指定して本件売買契約の履行を催告したことが認められる。

二  抗弁について

<証拠>によれば、被告は、本件売買契約締結後、知人等の話から本件の売買代金一〇〇〇万円が不当に安いと感じ、本件売買契約を解消すべく、昭和六三年三月三一日原告の担当者野口に電話で解約を申し出、更に同日原告会社に赴いて野口に解約したい旨申し出たことが認められる。

被告本人尋問の結果中には、その際被告が手付倍額の返還を申し出るとともに、現金二〇〇万円を持参して野口に提示したがその受領を拒否されたとする部分があるが、<証拠>に照らせば、被告がその際手付放棄の意思を表明したことまでは認められるとしても、手付倍額の返還を申し出たとか、いわんや金二〇〇万円を現実に提供したとの供述部分は、到底採用できない。

したがって、昭和六三年三月三一日の被告の解除の意思表示は無効であるというべきであるが、なお、<証拠>によれば、被告は原告に対し、昭和六三年四月一一日発信の内容証明郵便により、手付を放棄して本件売買契約を解除する旨、また同年四月一三日発信の内容証明郵便で、手付倍返しにより本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことが認められるので、以下、原告の再抗弁について判断する。

三  再抗弁について

1  <証拠>、並びに前記一及び二の認定事実によれば、次の事実が認められる。被告本人尋問の結果中この認定に反する部分は採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

(一)  原告は、昭和六一年秋ころから、被告から本件土地及び被告所有の熱海市下多賀の土地の売却斡旋の打診を受け、昭和六二年秋ころから本件土地の売却について交渉するうち、原告が買い取る話になった。本件土地は、道路の確保とその整備、上下水道の設置をしなければ建物の建築許可が得られず、転売できないため、不動産業者の原告としては、本件土地を被告から買い取って建築できるように整備するには一四〇〇万円ほどの経費がかかると見込み、その旨被告に伝えて、一〇〇〇万円の本件売買代金が合意された。

(二)  原告は、被告との交渉開始後、遅くとも被告が一〇〇〇万円で売却する意思を明確にした昭和六三年二月九日以降、本件土地及び原告が取得し売り出そうとしていた本件土地に近い熱海市網代字網代山六二七番五九五の土地(以下「五九五の土地」という。)について、販売用のチラシを作成するなどして、販売活動を開始した。そして、有限会社シティプラザの仲介により、訴外米田との間で本件土地を代金二七〇〇万円で転売できることとなったため、被告との本件売買契約日と同じ同年三月八日に訴外米田と代金二七〇〇万円で売買契約を締結し、同日手付金二七〇万円の支払を受け、その履行期も本件売買契約とほぼ同じ日(本件は四月一六日、訴外米田との売買契約は四月一五日)とした。訴外米田との売買契約については、原告は被告に対してその詳細を話していたわけではないが、本件土地の転売先の客が付いたので被告とも売買契約締結の運びとなることは、被告にも話してあり、その後訴外米田が本件土地の購入代金の大部分をローンで賄うため、原告との売買契約書に被告の実印が必要となり、被告はそのローン設定のため必要であるとする原告の求めに応じて売買契約書に実印を押し直し、被告の印鑑証明書を取り寄せて原告に交付した。

(三)  他方、原告は、被告が売却を承諾した同年二月九日以降、直ちに本件土地の範囲確定のための杭打ち、整地、建築確認申請手続等を他の各業者に依頼し、また、本件土地及び五九五の土地に上下水道管を敷設するため、周辺土地の権利者との私道掘削の交渉、そのための一部の土地の買取、道路舗装工事着工等の作業を開始した。これらの作業のうち、上下水道管の敷設、道路舗装は、被告の解除の意思表示のあった同年三月三一日、四月一一日、四月一三日の時点で一部は未完成で、建築確認が得られたのは同年六月二〇日となったが、このころまでに原告は本件土地の整備におよそ一二〇〇万円を支出した。

2  右認定事実によれば、本件売買契約において、本件土地の転売や本件土地に建物を建築するための整備は、原告の被告に対する債務の内容とはなっていないが、不動産業者たる原告としては、本件土地を買い取ることが目的ではなく、これを他に転売して利益を上げるとともに被告に対する支払代金の回収を図るのが目的であり、転売によって被告に対する残代金の支払も確保できる関係にあったというべきである。そして、転売するためには、本件土地にかなりの手間と費用をかけて建築ができるよう整備しなければならず、その費用を見込んで被告との売買代金額が定められ、被告との売買契約と訴外米田との転売契約が、契約日、履行期ともほぼ同じに定められたものであって、被告も、少なくとも原告が本件土地を整備した上転売すること及び本件売買契約当時既に転売先の客が付いたことは知っていたというのであるから、本件売買契約にとって、原告による本件土地の整備と転売は、極めて密接な関係にあり、したがって、手付倍額償還による解除権行使との関係においては、原告による本件土地の整備と転売契約の着手は、公平の観点から、本件売買契約の履行の着手に当たるものと解するのが相当である。

前記認定の事実によれば、原告は、被告が最初に本件契約の解除を申し出た昭和六三年三月三一日より前に既に転売契約を結び、本件土地の整備の作業に着手していたことが明らかであるから、被告の手付倍額償還による解除の意思表示は、手付倍額の提供の有無にかかわらず、いずれにしてもその効力を生じない。そうすると、被告は原告に対し、本件売買契約に基づく本件土地の引渡と所有権移転登記手続をする義務があるほか、債務不履行による損害を賠償すべき義務がある。

四  損害(請求原因5)について

1  <証拠>並びに前記三の認定事実によれば、原告は、被告の債務不履行により転売先の訴外米田に対する債務を履行できず、右転売契約を解除の上、昭和六三年六月一四日、訴外米田に対し違約金五四〇万円を支払い、同人から受領していた金二七〇万円の手付金を除く金二七〇万円の損害を受けたことが認められる。

2  請求原因5(二)の「無駄になった支出」については、これを認めるに足りる証拠がない。

3  前記三の認定事実によれば、原告は被告の債務不履行がなければ、訴外米田からその履行日に(もっとも、被告との売買契約の履行期が訴外米田とのそれより一日あとの昭和六三年四月一六日となっていたので、訴外米田に対する履行可能の日も四月一六日とするべきである。)残代金二四三〇万円の支払を受け、その翌日の四月一七日以降売買代金総額二七〇〇万円を、商人として少なくとも商事法定利率年六分により運用できたものと認められ、原告は被告の履行遅滞により、右の得べかりし利益を失ったものと認められる。もっとも、原告においても、被告に対する残代金九〇〇万円の支払を免れたままであるから、右金二七〇〇万円からこれを除くべきであり、そうすると、原告の得べかりし利益は、金一八〇〇万円に対する年六分の割合の一日当たり金二九五八円(円未満切捨)となる。

五  結論

以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は、残金九〇〇万円の支払と引換えに本件土地の引渡と所有権移転登記手続を求め、かつ金二七〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年六月二八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに昭和六三年四月一七日から右本件土地の引渡及び所有権移転登記手続完了まで一日当たり金二九五八円の割合による損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、九二条を適用し、なお仮執行宣言の申立については、相当でないのでこれを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井史男)

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